京都で女子大生していた

大学生してみて気付いた京都を紹介します

卒業します!


おはようございます。

研修を終えて帰宅したら自分が風邪をひいてることに気づいたとんだおおぼけ野郎です。はい。


3月31日をもって、モラトリアムを卒業しました。


4月1日から社会人という肩書きに変わり、今までの女子大生というキラキラエフェクトが無くなり、お給料をいただく立場に変わった。

4日間泊まり込みの研修で、会社内のいろんな職種の人に出会いった。私の会社はそれなりに大きくて、新入社員が500人もいた。さすがにこんだけいると、自らの概念を覆すような人が多くいた。

さらに言うと、わたしは研修を受けて行く過程で、「この会社アットホームだな」と思うと同時に「あ、どーしよう、わたしの価値観と違う。苦手だ」と思うとことがあった。

それはもちろん、会社はわたしではないし、わたしは会社ではないから当たり前だし、社訓や経営理念に全て共感する必要はない。しかし同じ方向に向かっていくのに共感は大切なことなのかもしれない。そう考えると、この違和感は邪魔かもしれない。逆に宝かもしれない。


お仕事が始まり、何を目指すのかを考え始めた。仕事は手段であり、目的ではない。しかし、手段にも楽しみを見出し、のらりくらりとがんばれたらそれでいいのではないか。

営業部を目指す!売り上げナンバーワンを目指す!表彰される!

同期たちは輝かしい目標を掲げて、輝かしい目をして語る。それはとても素晴らしいことだ。

けれどわたしは知っている。あまりにも先の未来を見据えすぎ、目の前の自分の気持ちを見落とすと後々苦しくなり、少なからず後悔するということを。

いまどう思うのか、いま何がしたいのか、いま何が大切なのか。

先のことはどうなるかなんてわからない。もちろん見据えて悪いことはない。むしろいい。しかし、優先度としては、未来よりもいま、だと思っている。生きているのは未来ではなくいまだから。いくら考えたって未来は変わる。

だから。

だからわたしは、少しの不安と少しの違和感と、たくさんの楽しさとたくさんの笑顔で、いまを生きていきたい。スロースタートでのらりくらりと、やるべき時はアクセル全開で。


モラトリアムを卒業したいま、わたしはいまを必死で生きている。